大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 平成3年(ワ)1001号 判決 1993年4月27日

原告

飯山和江

被告

為ヶ谷進

主文

一  被告は原告に対し六〇〇万二〇八四円及びこれに対する平成元年六月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し八九五万三四六六円及びこれに対する平成元年六月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  平成元年六月六日午後六時四八分ころ、埼玉県南埼玉郡宮代町和戸三丁目四番一二号先路上において、原告が軽四輪自動車を運転して青信号に従い交差点で左折し直進にかかろうとしたとき、反対車線を交差点に向つて進行してきた被告運転の普通乗用自動車が原告運転の軽四輪自動車の進路に進入し衝突した(以下、これを「本件事故」という。)。

2  本件事故は、被告が右普通乗用自動車を運転中、前方注視を怠り、信号待ちのため交差点の手前で停車中の車両に追突しそうになつたので、あわててハンドルを右へ切り、対向車線に進入したため発生したのであるから、被告は、民法第七〇九条に基づき、本件事故のために原告が被つた人的及び物的損害を賠償すべきである。

被告は右普通乗用自動車を所有し、自己のためにこれを運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法第三条に基づき、本件事故のために原告が被つた人的損害を賠償すべきである。

3  原告が本件事故のために被つた損害は次のとおりである。

(一) 治療費 三三〇万六五七〇円

原告は本件事故のために頸椎捻挫、腰部挫傷、左肩・左上腕部打撲傷、両股関節部・左大腿部打撲傷の傷害を受け、平成元年六月六日から同月三〇日まで埼玉県幸手市内の秋谷病院に入院し、同年七月一日から同三年四月二二日まで埼玉県南埼玉郡宮代町内の和戸整骨院に、平成二年六月二日から同年一〇月二六日まで埼玉県越谷市内の独協医大越谷病院にそれぞれ通院して、治療を受けた。これに要した費用のうち原告が事実上負担したものは和戸整骨院関係分三一四万九五〇〇円、独協医大越谷病院関係分一五万七〇四〇円、合計三三〇万六五七〇円である。

(二) 付添費 二三万六五〇〇円

秋谷病院に入院中、両親が交替で付き添つた。和戸整骨院への通院も原告において一人ではできないので、両親が交替で付き添つた。その費用は入院関係分一一万二五〇〇円、通院関係分一二万四〇〇〇円、合計二三万六五〇〇円である。

(三) 入院雑費 三万円

(四) 通院交通費 六万八二二〇円

自宅から和戸整骨院までのタクシー代及び独協医大越谷病院までの鉄道運賃。

(五) 休業損害 三二八万八七一二円

平成元年一〇月二六日から同三年四月一二日までの分。

(六) 慰謝料 一九二万円

(七) 車両修理費 一〇万三四九四円

よつて、原告は被告に対し、以上の損害合計八九五万三四六六円及びこれに対する本件事故の日の翌日である平成元年六月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、事実に関する部分は認める。

3  同3の主張のうち、(七)の車両修理費については認めるが、その余は争う。

整形外科の専門医の見解によれば、一般に、頸椎捻挫は数週間で治癒するとされている。それにもかかわらず、原告に生じた頸椎捻挫が慢性化し、治療に長期間を要したのには二つの原因が考えられる。一つは原告が極めて強い神経質な性格の持主であり、本件事故についても被害者意識が強く、これから生ずる心因性反応が治療効果の大きな妨げとなつたことである。もう一つは秋谷病院及び和戸整骨院において必要の限度を超えた濃密な治療が行われたこと、そのためにこれが原告に対し重病感を植えつけ、心因性反応を強めさせたことにある。そうであるとすれば、原告主張の損害には本件事故との間の相当因果関係の範囲を超える部分があり、その全部を被告の負担とするのは公平の観念に反するというべきである。

和戸整骨院関係の治療費のうち診断書料三〇〇〇円は被告が負担した。原告は秋谷病院に入院中、平成元年六月二四日以降はほとんど外泊しており、そのまま退院してしまつたのであるから、右同日以降、入院付添費及び入院雑費は生じないはずである。被告は、原告の請求に基づき、入院中に使用したテレビの使用料五〇〇〇円を支払つた。通院の際の付添は、退院後の原告の症状からして必要のないものであり、交通費はその算出根拠が明らかでない。

三  抗弁

本件事故の際、原告は、シートベルトを装着していなかつた。これを装着していたとすれば、原告が受けた傷害のうち頸椎捻挫以外のものは受けないですんだと考えられるので、損害額を算定するうえでこれを斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」に記載のとおりである。

理由

一  本件事故が発生したこと、本件事故は、被告が普通乗用自動車を運転して進行中、前方注視を怠つたため、事故現場付近の交差点の手前で信号待ちのため停車中の車両に追突しそうになつたので、あわててハンドルを右へ切り、対向車線に進入したため発生したものであることは当事者間に争いがない。これによれば、本件事故は被告の過失によつて生じたことが明らかであるから、被告は、不法行為者として、本件事故のために原告が被つた人的及び物的の損害を賠償すべきである。

二  そこで、右損害について検討する。

いずれも成立に争いのない乙第六号証の一ないし一八、第七ないし第一一号証、原告の本人尋問の結果とこれにより真正に成立したと認められる甲第二五号証によれば、原告は本件事故のために頸椎捻挫、左肩・左上腕部打撲、腰部挫傷、左大腿部打撲、両股関節部打撲、左膝打撲の傷害を受け、平成元年六月六日から同月三〇日まで埼玉県幸手市内の秋谷病院に入院し、同年七月一日から同三年四月二二日まで埼玉県宮代町内の和戸整骨院に、平成二年六月二日から同年一〇月二六日まで埼玉県越谷市内の独協医大越谷病院にそれぞれ通院して、治療を受けたことが認められる。そして、前示乙第六号証の一ないし一八、いずれも成立に争いのない乙第七号証、第九号証、第一一号証によれば、(1)秋谷病院に入院の当初においては、原告は、頸部から左肩部及び腰部から左下肢にかけての疼痛、左上肢のしびれを訴えていたこと、秋谷病院では、頸部の牽引、湿布、頸椎ローラによる固定及び鎮痛消炎剤の投与などの療法が施され、退院時には腰部の疼痛は消失し、そのほかの症状も初診時に比べてかなり軽減していたこと、(2)和戸整骨院での初診時においては、頸部に疼痛、圧痛が残存し、頭部前後屈時や回旋時の運動痛などがあつたほか、原告は、疲労感や集中力の欠乏、頭痛、頭重等による不快感や目の疲労、左手指のしびれなどを訴えていたこと、和戸整骨院においては、低周波電気療法、冷湿布、はり治療、牽引法、運動療法、マツサージなどの療法が施されたが、治療効果は遅々として挙がらず、一年一〇か月近くを経ても原告の痛みや不快感などの自覚症状は容易に減少しなかつたこと、(3)独協医大越谷病院においては、原告は主として左膝痛を訴えており、自覚症状はあつたが、他覚的所見は乏しかつたこと、以上の事実が認められる。右事実に、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一号証を合せると、「原告に発症した頸椎捻挫(いわゆるむち打症)は治療中に慢性化し、その治療期間は一般に医学上必要とされるそれを大幅に超え、長期化したこと、その原因としては、原告が神経質な性格の持主であつて、被害者意識が強く、これから生ずる心因性反応が治療効果の妨げとなつており、前記の各医療機関、とくに和戸整骨院における治療行為が必ずしも適切でなかつたことがこの心因性反応を強める結果となつたことが挙げられることが認められる。しかしながら、成立に争いのない乙第一五号証の記述に照らすと、頸椎捻挫の患者については、おうおうにして、右のような症状の慢性化、治療の長期化の現象がみられるのであつて、これが原告にのみ特異な現象というわけではないことが認められ、これからすれば、原告に生じた頸椎捻挫の症状が慢性化し、その治療期間が長期化したことと本件事故との間にはなお、相当因果関係があると認めるのが相当である。とはいえ、右心因的要因が原告に生じた損害の拡大に寄与したことも否定できないところであり、後記のとおり、公平の観念上、その損害額を算定するうえで、これを斟酌するのが相当である(最高裁判所第三小法廷昭和六三年四月二一日判決民集第四二巻第四号二四三頁)。」

1  治療費 三三〇万八五六〇円

原本の存在及び成立に争いのない甲第五号証、いずれも成立に争いのない甲第二、第三号証、第六、第七号証、乙第一六号証並びに弁論の全趣旨によれば、前記傷害の治療に要した費用のうち事実上原告が負担したのは和戸整骨院関係分三一四万六五〇〇円(診断書料三〇〇〇円は被告が負担した。)、独協医大越谷病院分一六万二〇六〇円、合計三三〇万八五六〇円であることが認められる。

2  付添費 九万円

前示甲第二五号証、原本の存在については争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第九号証及び原告の本人尋問の結果によれば、原告については、秋谷病院に入院中の平成元年六月六日から同月三〇日までの二五日間、付添看護を要する状態にあつたので、両親が交替で付き添つたこと、ただし、右期間中の六月二四日以降においては、原告は、外泊の名目でほとんど自宅に帰つていたことが認められ、これによれば、右入院に伴う付添費は一日四五〇〇円、二〇日分として九万円とするのが相当である。

そのほか、原告は、通院に伴う付添費として一二万四〇〇〇円の支払を求めるが、和戸整骨院への前記通院期間中、実際に通院をしたのはいつで、そのうち付添を要したのは何日なのかなどの点について具体的な主張・立証がなく、これを認めることは困難である。

3  入院雑費 二万五〇〇〇円

秋谷病院における前記入院期間中、原告が外泊したこと、被告がテレビ使用料を負担したこと(いずれも成立に争いのない甲第一七、第一八号証)などを考慮して、入院雑費は一日一〇〇〇円、二五日分で二万五〇〇〇円とするのが相当である。

4  休業損害 三二八万八七一二円

前示甲第二五号証、いずれも弁論の全趣旨により原本の存在及び真正に成立したことが認められる甲第一二、第一三号証、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一四、第一五号証、原告の本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故当時、東京クロージング株式会社に勤務し、縫製加工の仕事に従事していたが、事故後、前記傷害のため平成三年四月一二日まで勤務につくことができなかつたこと、原告が本件事故前の平成元年三月から同年五月までの三か月間に右会社から支払を受けた賃金の平均月額は一五万三三〇六円であり、ほかに、原告は、毎年七月には基本給の二か月分、一二月には同じく二・五か月分の賞与の支給を受けていたこと、原告は、勤務につかなかつた期間中、右賃金及び賞与の支給を受けることができなかつたものであり、事故後の平成元年一〇月二六日から同三年四月一二日までの期間における右賃金等に相当する金額は、前記平均賃金月額一五万三三〇六円に一八か月を乗ずると、賃金相当分だけで二七五万九五〇八円になり、これに賞与相当分(平成元年一二月支給分三二万二〇〇〇円、同二年七月支給分二七万四〇〇〇円、同年一二月支給分三二万七〇〇〇円)を加えると、原告主張の三二八万八七一二円を優に超えるものであることが認められる。

ほかに、原告は、通院交通費として六万八二二〇円の支払を求めるが、その金額の算出根拠について具体的な主張・立証はなく、これを認めることは困難である。

(過失相殺)

以上の損害は合計六七一万二二七二円であるが、前述したとおり、これには原告に存する心因的要因が寄与したほか、本件事故の際、原告がシートベルトを装着していなかつたことは弁論の全趣旨に照らして明らかであり、これが原告が受けた頸椎捻挫以外の傷害の発症若しくは拡大に何らかの寄与をしたことは否定できないので、損害額を算定するうえではこれらの事情を斟酌するのが相当であり、右合計金額からその三割を減ずると、残額は四六九万八五九〇円である。

5  慰謝料 一二〇万円

本件事故の態様、原告が受けた前記傷害の部位・程度、その治療経過、とくに、治療期間が前述したような事情から通常の場合より長期化したこと、その他本件審理に顕れた諸般の事情に照らすと、右傷害のために原告が被つた精神的苦痛に対する慰謝料は一二〇万円とするのが相当である。

6  車両修理費 一〇万三四九四円

一〇万三四九四円であることは当事者間に争いがない。

以上の損害は六〇〇万二〇八四円であり、したがつて、被告は原告に対し右金員及びこれに対する本件事故の日の翌日である平成元年六月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

三  よつて、原告の請求は右説示の限度でこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例